• 09
    21
    こどもたちと遊ぶのは朝がお勧め!?

    長い出張を終えてHOJに戻りました!
    さあ、ただいまー!!と思ったら、こどもたちはみんな学校。
    しょうがなく猫と昼寝してみんなが帰って来るのを待ちます。(笑)

    午後だからイージェイはいるはずなのに…と思ったら、なんだか遊んでいて怪我をしたそうで、
    大した傷ではないんですが、一応目のそばだから病院で診てもらってたんだそうで。
    すぐに元気いっぱいで戻って来ましたので、みなさんご心配なく!

    そしてこの夏、最後のビジターさんとして、2月にLe Worldというグループで来て
    ミュージックビデオを作る活動に参加していたヒマリさんが、
    学校の友達2人を連れて遊びに来てくれました。
    「また来るね!」の約束を守ってくれるの、本当に嬉しいです!

    ただ、平日の滞在は、昼間はみんな学校に行っているので、
    あんまりこどもたちと遊べないんですよね。そのことを説明したら、
    じゃあ、朝早起きして朝食作るの手伝ったら、いっぱい一緒にいられますよね?!」と言って
    今朝は朝の3時に起きて料理当番の子たちと火をおこして料理を作ってくれてました。なんという好青年!

    来週頭まで滞在してくれるので、たっぷり楽しんでいってほしいと思います。


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    09
    20
    記録すること、それを検索可能なかたちで保管すること

    出張最終日は、戦争で離ればなれになってしまった親族を探すために日本から来た方に同行しました。
    80年以上前の記憶を頼りに、たぶんここだと思う、という海や、家があった場所を巡りました。

    なかなか有益な情報が得られないまま、地元の役所へ。
    「ひょっとすると役所に書類が残っているかもしれない」とのことですが、
    つい数年前に生まれたこどもたちの出生証明書でさえ、紛失していて見つからないようなことがよくあるのが、
    フィリピンの田舎の役所です。私はたぶん無理だろうと思いながらも、立場は「通訳」ですから、意見は言わずに同行しました。

    最初は怪訝な顔をしていた役所のスタッフたちですが、
    「この人は日本人なんだけど、この町で戦前に生まれてるんだ。
    で、この人は日本に帰れたんだけど、弟さんや妹さんはこっちに取り残されたんだ。
    昔この町に住んでたことは間違いないんだけど、ご本人や、きょうだいの書類って残ってないですかね?」と事情を説明すると、
    「え?この人が?本人なの?え?何歳?え?90歳越えてるの!本当に?」と興味津々。スタッフ総出で大捜索が始まりました。


    「昔の記録台帳がこっちにある」と古い資料が出てきて、それをくまなく見ていくと、妹さんの名前を発見!
    その台帳に載っていた申請年月日の情報を基に、こんどはその年の書類の束を漁り…なんとご本人の出生証明書が見つかりました!すごい!!

    役所の人たちも大喜びで「あなたは確かに、この町の出身者です!おかえりなさい!」と、
    みんなでスマホ片手に押し寄せて、一緒に写真を撮ってました。
    記録を残すこと。それを検索可能なかたちで保管すること。
    その大切さを痛感する出来事でした。
    HOJに入って来る子たちもみな、一歩間違えば記録がなかったかもしれなかった子たちです。
    しっかりと記録し、確かにここにいたことを語り継いでいきたいと思います。

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    09
    18
    日本の孤児を助けた「バゴボ」の人たち

    出張で日系人の調査に通訳として同行しているんですが、今日はすごい出会いがありました。
    戦後、フィリピンに取り残された「日本人のこどもたち」の多くが、日本に恨みを持つフィリピンの人たちに
    殺されてしまうことになったそうなんですが、そんな日本のこどもたちをかくまって、養子にして育てた人たちがいました。
    バゴボ」という、いわゆる先住民族と呼ばれる人たちです。

    私はこのバゴボという名前には聞き覚えがありました。
    そう、烏山さんが協力隊時代にコンビを組んで働いていた地元の若者のリーダー、アマドさんが、
    バゴボのリーダーだったと聞いたことがあったんです。
    ただ、同じ「バゴボ」という名前でも、ダバオの内陸部と、ダバオオリエンタルでは、車で4時間以上の距離
    前から「本当に同じグループなのだろうか?」と疑問に思っていたんです。

    それが今日、ダバオのバゴボ族のリーダーであると同時に、日系人でもあるジェシーさんとお会いして、謎が解けました!
    彼によれば、「バゴボ」というのは5つの氏族をまとめた総称で、彼が属するダバオのグループは「クラタ」
    烏山さんの親友アマドさんが属していたダバオオリエンタルのグループは「タガバワ」
    お互いに別のグループではあるけれど、同じ「バゴボ」の同胞とのことです。そうだったのか!!

    ジェシーさんに烏山さんとアマドさんの話をして、アマドさんが交通事故で亡くなって、
    その息子たちを引き取ることにしたことがハウスオブジョイをはじめるきっかけだったんだ、と話したら
    アマド…バンカスだろう?知ってるぞ!確か私の祖父母の結婚式にバンカス家も来ているはずだ!」と大喜びでした。
    写真はちょっと不鮮明ですが、その結婚式の写真です。

    戦争直後、孤児になった日本のこどもたちをバゴボの人たちが助けくれていた。
    それから50年後、孤児になったバゴボのこどもたちを、日本人が助けたことで、ハウスオブジョイが始まった。
    何か、運命的なものを感じます。
    このことは、ぜひ忘れずに語り継いでいきたいと思います。


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