今回来てくれた大学の先生たちは、「異文化間コミュニケーション」の専門家で、
日本に働きに来る介護士さんたちが、日本にどうやって適応していくのか、困っていることは何なのか、
どうすればもっと関わる全員にとって幸せな制度になるのか、などを研究しています。
その一環としてHOJの周りの高齢者介護にかかわる人たちや日本に働きに行ったことのある人たちにインタビューをしたんですが、
私も通訳で同席しましてね、私でも初めて聞くような話がたくさんあったのでいくつか軽く紹介します。

まずはフィリピンの田舎の老人介護の実情です。行政が運営している「老人福祉センター」に行って、センター長さんに話を聞いたんですが、
センター長さん自身が60歳以上の「高齢者」で、スタッフは全員高齢者。つまり自助組織として機能しています。
フィリピンでは「高齢者の介護をするのは家族に決まってるでしょ」という考え方が常識としてが浸透しているので、
独居老人、介護が必要でセンターにやってくる老人はほとんどいないそうです。だからこの規模で十分なんですね。
しかも「高齢者は親族がケアしなければならない。高齢者のケアを放棄した親族には懲役刑が課せられる」という法律があるそうで、
懲役刑!と驚きました。今の大統領になってからできた法律だそうです。すごい…。

60代前半の元気な高齢者たちが各地区で委員になって働いて、担当地区の高齢者の現状把握をし、センターに報告、
困っている高齢者がいたら必要に応じてセンターから福祉局に要請を出して、人が派遣されたり、お金が出たりします。
いやあ、コミュニテティがしっかりしてますねえ、フィリピンは。

一番興味深かったのが「お見舞金」のシステムです。高齢者が亡くなると自治体からお見舞金として3000ペソが送られるんですが、
自治体には3ヶ月ごとに22人分の予算しかないので、23人目になるともらえません。
23人目になったら翌月の1人目にカウントされるのでまあ、だったらいいじゃないかとも思ったんですが、
これが厳格に年度で締め切るので、その年度の89人目になってしまうともらえないんだそうで。
「年度末に高齢者が倒れるとなあ、『今何人目?え?87人?え?あっちの家のおじいちゃんも倒れてるって?じゃあ早くしなきゃ!』
なんて競争になるんだよ、ガーッハッハ!」とセンター長さんが、鉄板ネタを披露する調子で話してくれて、
なんだか不謹慎を通り越して清々しかったです。

実際、この地域の高齢者の暮らしぶりを見ると、お金はなくとも孫、ひ孫に囲まれて、なんとも楽しそうです。
私のあこがれはこの、漁師を引退して、愛用していた釣り糸と小舟の板でお手製のギターを作って
陽がな一日中弾きながら孫をめでているおじいさんです。こんな老後には憧れますね。孫作らなきゃ!(笑)
長く住んでいても、目的意識を持って聞きにいかないと知らないことってたくさんありますね。
明日は「日本に出稼ぎに行ったフィリピンの人たちの体験談」を紹介します。
これまたびっくりするような話がたくさんあったのでみなさんお楽しみに!