今日は烏山さんの命日です。この2年間はコロナでどこにも行けずに時間が過ぎたので
なんだかあっという間の3年間、という感じです。

1997年にHOJを創設した時の烏山さんは41歳、今の自分よりも年下なんだなあ、と思うと
いろいろ感慨深いです。この写真は1998年の写真。こども時代のエレンジョイやローサも写ってます。

私はフィリピン国内をバックパッカーしていて、「隣町に孤児院を作った日本人がいる」と聞き、
どんな聖者のような人なんだろうと尋ねてみたら、楽しそうにこどもたちと遊び、
こどもたちが寝静まった後は美味しそうにお酒を飲んで酔っ払う烏山さんに出会って衝撃を受けました。

私は勝手に「自分の楽しみを犠牲にしないと国際貢献みたいなことはできない」と思い込んでおり、
「だから自分にはそういう人生は無理だな」と思っていたんですが、
「楽しみながらできる」ことを教えてくれたのが、烏山さんでした。

そして、一緒に働かせてもらう中で、むしろ「楽しいからこそ継続できる」のであり、
「楽しそうにしているからこそこどもたちも安心できる」し、「楽しんでいるからこそ仲間が増える」のだと、
言葉ではなく、その生きざまで私に教えてくれました。常に言葉での説明は足りない人でしたからね。(笑)

児童養護施設を始める時に「ハウスオブジョイ」という名前をつけた烏山さん。
その遺志を継いで、今後も「楽しく」やっていきたいと思います。