• 05
    16
    本職のパティシエの腕前でチョコ&カカオクッキー!

    さて、私は相変わらず出張中ですが、HOJにいるチョコ兄さんから写真とレポートを送ってもらいました。
    農園に見に来たコウキさんとアヤメさんは、カカオ農園で収穫を手伝ってくれて
    100kg以上のカカオの収穫をしたそうです。もはやこれは「体験」じゃなくて「労働」ですね。(笑)
    ありがとうございましたッ!

    さらに、この農園で獲れたカカオを使って、本職のパティシエの腕前
    バナナケーキとチョコ&カカオクッキーを作ってくれました。美味そう!

    こどもたちも大喜び。あっという間に全部食べ切るほどの大人気だったそうです。

    …って、あれ?全部食べ切った…?あれれ?「私のぶんは残しておけよ」って言ったよな?
    言ったよな!?言ったよなッ!!?(笑)

    まあ、私も出張先でご当地の美味しい物を食べまわっているので、おあいこということで勘弁してやりましょう。
    ともあれ、ビジターさんたちも、こどもたちも楽しんでくれたようでなによりです。
    私の出張もあと1日!しっかり職務をこなしてHOJに戻ろうと思います。
    こどもたち!お土産には期待するなよッ!(やっぱり根に持っている)


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    05
    15
    ダバオに移民した日本人が娘へ残した遺書

    出張中の話ばかりになりますが、あまりにも印象的な話なので、ここに書かせてもらいます。
    今、私は日系人の方々のインタビューなどをして回るテレビ番組の通訳で一緒に回っているんですが、
    「日本人のお父さんが、娘に残した遺書」を今日、見せてもらいました。

    達筆、旧仮名遣いなので読みづらいところも多いですが、大意は以下の通りです。
    ・お前は日本人の子なのだから、天照大神の子孫である天皇と同じ血が流れていることに誇りを持て。
    ・日本人らしく立派に生活し、お母さんのことを大事にしなさい。
    ・大きくなったら、いつか必ず私のふるさとである東京の以下の住所を訪ねなさい。
    ・日本語を普段から使って暮らしなさい。
    ・どんな宗教を選んでも良いけれど、お母さんとは一緒に宗教にしなさい。
    そして、宗教と日本の祖先、天皇を敬うことは別のことなので、両方大事にしなさい。
    ・大きくなったら男性と交際することもあるだろうけど、日本の女性らしく振舞いなさい。
    ・お母さんの喜ぶような男を選びなさい。そして、天皇を敬える男を選びなさい。
    ・もし貧しい生活をすることになったとしても、心は豊かに、清らかでいなさい。
    ・私の意志をつぎ、日本とフィリピンの架け橋(原文では「くさび」)となりなさい。
    ・よりよい人生のため、なるべく高い教育を受けなさい。

    (写真は別の家族のものです)
    日本から身一つで渡ってきて、現地の女性と結婚し、山を開拓して農業を興し、
    経済的にも成功をおさめていたところに、「フィリピンを占領しているアメリカを追い出してやる」という名目で
    日本軍が攻めてきて、このお父さんは、「義勇軍」の名のもとに半強制的に軍に編入されました。
    その際、生きて戻れないことをお父さんは覚悟していたのでしょう。この手紙を娘に残したんです。

    この、当時の時代精神にからめとられた価値観と、本人の生真面目さと、その中でも見せるリベラルな考えと、
    妻と娘への想いが本人の心の中でせめぎ合っている様子が伝わってきて、とても胸を打たれました。

    日本軍の敗走後、残された妻と娘は、日本人の妻だ、娘だということが周りに知れると
    命の危険もあるくらいに現地で日本軍は恨まれていたので、山中に逃れ、身分を偽って生活することになりました。
    もちろん、遺書に書かれているような「日本語を使って暮らす」「日本人らしく振舞う」なんていうことはできませんでした。

    それでも、多くの日系人が身分を隠す証拠隠滅のために手紙や写真を全て燃やしたり埋めたりした中、
    娘さんたちはこの手紙を大事にし続けました。日本の文字を忘れ、日本語を忘れ、内容は理解できなくなっても、
    この手紙だけは、大事に保管していたんです。

    明日、明後日もいろいろな方の話を聞くことになります。
    彼らの話が、なるべく正確に、きちんとメディアに届くように、通訳という仕事を全うしたいと思います。


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    05
    14
    HOJを離れて「母の日」を想う

    夜の11時にやっとネットにつながりました!出張中の澤村です。
    今日は母の日、ということで、こどもたちがアイダさんにサプライズで花束を贈っていました。
    アイダさん、たくさんのこどもたちのお母さん役、ありがとうございます!

    私はダバオに来て、日系人の調査報道をする日本のテレビ局の取材に通訳として同行しています。
    100年前、日本がまだ貧しかったころ、新天地を求めて多くの日本人がミンダナオ島に移住しました。
    そこで地元の女性と結婚して、土地を手に入れて農業を興し、家族と築いて幸せに暮らしていたところに、戦争がはじまりました。
    日系二世の子たちにとっては、「お母さんの国にお父さんの国が攻めてきた」戦争でした。
    現地で徴兵されて「義勇兵」にされたお父さんは「すぐに戻る」と行ったきり、消息も分からなくなりました。
    そんな中、残されたこどもたちを支えたのは、お母さんたちでした。
    彼女たちが命がけでこどもたちを守ったからこそ、今でもたくさんの日系人がミンダナオには住んでいるんです。

    日系人だけではありません。世界中のお母さんが、今日も命がけでこどもたちを守っています。
    そのことに感謝をささげつつ、その、「お母さんに守られる」経験の少なかったこどもたちに、
    より一層の愛をそそいでいきたいと思います。
    文章がいつになく感傷的なのは、HOJを離れているからでしょうか。(笑)みんな、待ってろよー!


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