昨日、こどもたちと一緒に町のゴミ捨て場に行った時に、廃車置き場で救急車を見つけました。
あれ?何か見覚えがあるぞ?と思ってから、10年前のことを思い出しました。

私がまだHOJのスタッフになってまもない頃です。
HOJとはまったく別ルートで、あるNGO団体が、この町に救急車を寄贈する、という出来事がありました。
そのNGO団体は世界中に支部を持ち、互いに協力しあってプロジェクトを遂行する大きな組織で、
その時は日本の地方都市の支部とダバオ支部の協力事業、ということでした。
市長さんは言わずもがな、ダバオからは日本の領事さんも来て、もちろん日本とダバオの会員さんも多数来たので、
私は日本語とビサイヤ語の通訳ができるということで、寄贈式に協力しました。
せっかくの機会なので「なんでこの町?」「なんで救急車?」と、その仕組みに興味を持っていろいろ話を聞いてみたところ、
日本の支部長さんが医者で、ダバオの支部長さんが車のディーラーで、ダバオの副支部長さんがこっちの町出身、ということが分かりました。
誰でも名前を聞いたことがあるような団体の、結構なお金が動くだろうプロジェクトが、
こんなふうに決まって動くのか、と、なんとも微妙な気持ちになったのを今でも覚えています。
この町に救急車の需要は、ほとんどありません。なぜなら、そもそもこの町には病院がないからです。
急病人が出た時に隣町の病院まで運ぶのに使う、というのがまあ、使い道になるんでしょうが、
フィリピンでは「急いでる時に救急車を呼んではいけない」のが常識です。
呼んでから来るまでに時間がかかるし、乗ってから問診やら血圧チェックやらいろいろやられ、
それから受け入れ病院をつながらない携帯電話で探し、やっと見つかった病院に着いてもまたさっきと同じ問診を受ける、みたいになるので、
自家用車やタクシーで救急センターのある病院に直行するほうが断然早いんです。
結局、立派な寄贈式が行われた後、その救急車は、単に「市役所の所有する車」の1台になり、
普通に役所のスタッフが隣町に事務仕事に行くときに使われたりする感じになり、気がつけば見かけなくなりました。
「支援」とは何なのか。救急車を見るたびに思い出したいと思います。