今日は埼玉の浦和教会に行き、谷司教の葬儀ミサに参列しました。
谷司教は、ハウスオブジョイの黎明期に、さまざまなかたちで支援をしてくれた恩人の1人です。
当時は何度も来てくれていたんですが、1998年の写真を1枚だけ見つけました。
おなかを出しているのがピンピン、服に埋もれているのはマリアフェでしょうか?

こどもたちを毎週連れて行っている海が「ウラワビーチ」という名前なのも
谷司教が中心となって、浦和教会の皆さんが支援してくれたことに感謝を表して、なんです。
その後再会して話した時に「埼玉はもう海なし県じゃありませんよ!
おかげさまでミンダナオ島にウラワビーチがありますから!」と言って笑い合ったのを覚えています。

谷司教は常に弱者に寄りそう立場の方でした。難民、ハンセン病、沖縄米軍基地などの社会問題に、
常に声を上げ、差別と抑圧に立ち向かい続けていました。
その思いの強さに、「ミサ中にまで政治の話をされるのは…」と顔をしかめる人もいましたが、
「キリストも難民でした」と言って、声を上げ続けました。

葬儀ミサでも多くの司教さんや神父さん、一緒に活動をされていた方々から、
豪放磊落なエピソードが語られ、ハウスオブジョイだけでなく、多くの場所で愛され、
多くの人に希望を与えていたんだな、と感銘を受けました。

この1年は闘病生活を送っていたようですが、最後まで執筆活動を続けられました。
できれば元気なうちにもっと話をしたい方でしたが、きっと今頃は天国で烏山さんと再会して、
ウラワビーチを眺めながら大好きなお酒を一緒に飲んでいることでしょう。
谷司教様、ありがとうございました!