• 05
    18
    フィリピン残留日系孤児の取材に同行しました

    3泊4日の出張仕事、終了!
    ダバオの南側、カリナン、サンタクルス、ジェネラルサントス、レイクセブといった場所を回り、
    戦後にフィリピンに残留せざるを得なかった「日系遺児」の取材に同行し、通訳をしました。

    フィリピンの国籍法は昔は「血統主義」だったため、父親が外国人だった場合、
    法律上はそのこどもにはフィリピン国籍がないことになります。
    そして、彼らは「日本人である証拠の書類」が足りないために、日本政府からも国籍認定が得られていません
    つまり、両方の国籍がない「無国籍」の状態で80年暮らしてきたんです

    2021年には230人ほど確認されていたそういった方が、今年の調査では151人に減っていました。
    多くの方が、「無国籍」の状態のまま、亡くなっていったんです。

    通訳する中で、みなさんが同じことを言っていました。
    「もう私は歳だから、いまさら日本に行きたいというわけじゃない。ただ、日本人だと認めてほしい
    私のお父さんは日本人なんだから、日本人だと認めてほしい」

    彼らの想いが、なるべくきちんと伝わるように、真剣に翻訳したつもりです。
    良い番組ができて、多くの人に届いて、少しでも状況が良くなりますように。


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    05
    16
    本職のパティシエの腕前でチョコ&カカオクッキー!

    さて、私は相変わらず出張中ですが、HOJにいるチョコ兄さんから写真とレポートを送ってもらいました。
    農園に見に来たコウキさんとアヤメさんは、カカオ農園で収穫を手伝ってくれて
    100kg以上のカカオの収穫をしたそうです。もはやこれは「体験」じゃなくて「労働」ですね。(笑)
    ありがとうございましたッ!

    さらに、この農園で獲れたカカオを使って、本職のパティシエの腕前
    バナナケーキとチョコ&カカオクッキーを作ってくれました。美味そう!

    こどもたちも大喜び。あっという間に全部食べ切るほどの大人気だったそうです。

    …って、あれ?全部食べ切った…?あれれ?「私のぶんは残しておけよ」って言ったよな?
    言ったよな!?言ったよなッ!!?(笑)

    まあ、私も出張先でご当地の美味しい物を食べまわっているので、おあいこということで勘弁してやりましょう。
    ともあれ、ビジターさんたちも、こどもたちも楽しんでくれたようでなによりです。
    私の出張もあと1日!しっかり職務をこなしてHOJに戻ろうと思います。
    こどもたち!お土産には期待するなよッ!(やっぱり根に持っている)


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    05
    15
    ダバオに移民した日本人が娘へ残した遺書

    出張中の話ばかりになりますが、あまりにも印象的な話なので、ここに書かせてもらいます。
    今、私は日系人の方々のインタビューなどをして回るテレビ番組の通訳で一緒に回っているんですが、
    「日本人のお父さんが、娘に残した遺書」を今日、見せてもらいました。

    達筆、旧仮名遣いなので読みづらいところも多いですが、大意は以下の通りです。
    ・お前は日本人の子なのだから、天照大神の子孫である天皇と同じ血が流れていることに誇りを持て。
    ・日本人らしく立派に生活し、お母さんのことを大事にしなさい。
    ・大きくなったら、いつか必ず私のふるさとである東京の以下の住所を訪ねなさい。
    ・日本語を普段から使って暮らしなさい。
    ・どんな宗教を選んでも良いけれど、お母さんとは一緒に宗教にしなさい。
    そして、宗教と日本の祖先、天皇を敬うことは別のことなので、両方大事にしなさい。
    ・大きくなったら男性と交際することもあるだろうけど、日本の女性らしく振舞いなさい。
    ・お母さんの喜ぶような男を選びなさい。そして、天皇を敬える男を選びなさい。
    ・もし貧しい生活をすることになったとしても、心は豊かに、清らかでいなさい。
    ・私の意志をつぎ、日本とフィリピンの架け橋(原文では「くさび」)となりなさい。
    ・よりよい人生のため、なるべく高い教育を受けなさい。

    (写真は別の家族のものです)
    日本から身一つで渡ってきて、現地の女性と結婚し、山を開拓して農業を興し、
    経済的にも成功をおさめていたところに、「フィリピンを占領しているアメリカを追い出してやる」という名目で
    日本軍が攻めてきて、このお父さんは、「義勇軍」の名のもとに半強制的に軍に編入されました。
    その際、生きて戻れないことをお父さんは覚悟していたのでしょう。この手紙を娘に残したんです。

    この、当時の時代精神にからめとられた価値観と、本人の生真面目さと、その中でも見せるリベラルな考えと、
    妻と娘への想いが本人の心の中でせめぎ合っている様子が伝わってきて、とても胸を打たれました。

    日本軍の敗走後、残された妻と娘は、日本人の妻だ、娘だということが周りに知れると
    命の危険もあるくらいに現地で日本軍は恨まれていたので、山中に逃れ、身分を偽って生活することになりました。
    もちろん、遺書に書かれているような「日本語を使って暮らす」「日本人らしく振舞う」なんていうことはできませんでした。

    それでも、多くの日系人が身分を隠す証拠隠滅のために手紙や写真を全て燃やしたり埋めたりした中、
    娘さんたちはこの手紙を大事にし続けました。日本の文字を忘れ、日本語を忘れ、内容は理解できなくなっても、
    この手紙だけは、大事に保管していたんです。

    明日、明後日もいろいろな方の話を聞くことになります。
    彼らの話が、なるべく正確に、きちんとメディアに届くように、通訳という仕事を全うしたいと思います。


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