今日は43年前に独裁政権への対抗馬として立ち向かったアキノ氏が暗殺された日で、
慣習的に休日となっています。
とはいえ、なにしろ今の大統領がアキノ氏を暗殺した独裁者マルコスの息子なので、
この日が彼の任期中も本当に休日になるのか?というのは
前日になっても誰も分かっていないという宙ぶらりんの状態なんですが、
さすがに私怨で休日を減らして人気を下げるようなことはしないようで、
今日もしっかり学校は休みになりました。

銃撃と言えば、恐れていた事件が起こってしまいました。
6月にレイテ島で中高生による学校での銃撃事件が起きた際に「模倣犯が出ること」を
懸念していたんですが、同様の事件がミンダナオ島サンボアンガで起きました。
これを食い止められなかったのは完全に失政だと思います。

と言うのも、レイテの事件のあと、主に取りざたされたのは「犯人生徒のネット依存」で、
スマートフォン、オンラインゲーム、SNSが悪者にされて「なぜ若者がそこにハマってしまうのか」や
「そもそも若者が簡単に銃を手に入れてしまえる現状がおかしい」ということには
真剣に大人たちが向き合ってこなかったとしか思えないからです。

フィリピンでは2回の事件を受けて「学校の入り口での持ち物検査」を実施する
という対策を講じることになりましたが、これが学校外で同じことが繰り返されることに対し、
なんの対策にもなっていないことは明らかです。

今日本では、ICC(国際刑事裁判所)の赤根所長が、トランプ政権から名指しで経済制裁を受けたことが
話題になっているかと思いますが、フィリピンではICCといえば「犯罪者はなるべく射殺しろ」
と言って私刑を推奨したドゥテルテ元大統領を逮捕した機関であり、
多くの人の憎悪の対象となっています。困ったことです。
「きれいごとの正義を振りかざす国際機関が、自分の手を汚して国の治安を守ろうとした我らの親分を
不当に逮捕して裁こうとしている」というナラティブがこちらでは跋扈しているんです。
中には「人々の罪を背負って外国の法で裁かれる」という構造をキリストに重ねて、
彼を神格化するような風潮まで出てきています。私はかなりこの流れは危険視しています。

簡単に人の命を奪うことができる「銃」というものが社会の中にはびこっている中、
私たちが「国」や「法」に求めることは何なのか、どうやってこどもたちを育てていくべきなのか、
真剣に考えなければいけないと思います。